Archive for the ‘過去と現在’ Category

究極の偶発的な出会い

水曜日, 11月 20th, 2013

夫婦関係と同じように、母親と娘の関係がうまくいかないというのが現代社会の病理みたいに思われていたりします、最近は特に。母親の言動に思うところはあるかもしれませんが、同じ土俵でやりあえば、結局、いらだちや徒労感がつのるだけです。この際、思い切って部下役に徹し、母親の気持ちや考えを聞き出してみるのもいいでしょう。意外な本心や、母親のふるまいの背景にあるものが見えてくるかもしれません。母親の気持ちがわかれば、今後のつき合いかたも変わってくるでしょう。口うるさい干渉も、どんな気持ちから出たものかがわかれば、対策も立てやすくなります。「気を遣いすぎた」「話を聞くのが面倒になった」と思ったら、友人と出かけるなどして、気分転換をすればいいだけのことです。四六時中母親と顔を突き合わせているわけではないのですから、家庭内にいる限られた時間ぐらい、自分の役割を演じておきましょう。人間は、年齢を重ねればどうしても頑固なところが出てきます。また、現代女性の母親なら、まだ更年期障害に苦しんでいる人もいるでしょう。心身の不調や子どもが手を離れた寂しさから、感情の制御ができなくなることもあるのです。そんな母親を「仕方ないなあ」と達観して受け止めるのも、大人になった娘のつとめかもしれません。「わかり合えている」という思いがあるからこそ、コミュ二ケーションをさぼってしまい、誤解や感情のこじれが引き起こされるといえます。子供は母親を選択することができません。それこそ究極の偶発的な出会いと言えるでしょうね。この運命的な偶発的な出会いというものを、深く考えれば考えるほど愛すべき味わい深いものも出てくると思うんです。私達は異性との出会いばかりに注視しがちになってしまいますが、その大前提となる偶発的な出会いというものをまた改めて考えてみたいです。

過去は終わったこと

日曜日, 10月 27th, 2013

問題というものは常に現在であるので、クライエン卜の過去にさかのぼって長い長い調査をする必要はないのですね。例えば、クライエン卜が子供のときに虐待されたことで人を信頼できないのならば、満足できる現在の人間闘係を持つことは不可能であろう。しかしながら、過去にあまりにも多くの時聞が費やされると、クライエントは誤解して、自分の過去で何が問題だったかを理解しなければ、現在の問題を解決できないと思ってしまうのです。過去について長い時間をかけて調べると、過去にあまりにも多くのことが起こったので、現状は効果的な取り組みはできないと思ってしまうのです。クライエントに真実を話すことがはるかに重要なのです。つまり、過去は終わった。過去に自分や他人がしてしまったことを変えることができない。 (さらに…)